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水道事業の概要

歴史と沿革(これまでの変遷)

登録日:2011年02月01日

 奈良市の上水道は明治42年に、初めて水道布設が正式に提議され、大正3年12月、水道布設案が市議会で可決され、大正4年10月事業認可を得て建設を開始しました。木津川左岸の京都府相楽郡木津町大字鹿背山に木津浄水場を築造し、奈良市内まで送水管を布設し、7年後の大正11年9月30日に給水を開始しました。

木津浄水場全景


木津川取入口導水渠水中掘さく工事(大正7年)


水道通水記念パレード(大正11年)

 昭和25年10月に制定された「奈良国際文化観光都市建設法」に基づき水道整備が急務となり、本市水道の基盤ともいえる自然流下水源導水路事業の構想を打ち出しました。これは本市の恵まれない水源の問題を一挙に解決しようとするもので、その水源を、市の東部地域を流れる布目川、白砂川に求め自然流下によって導水する大規模な水道施設の建設事業で昭和34年3月正式に樹立しました。
 しかし本市の西郊地域の急激な住宅開発による人口増加のため、昭和41年夏季には大規模な断水を招きました。こうした急増する水需要に対処するため、自然流下水源導水路事業完成と同時に失効することになっていた木津川水利権の復活を前提として、緑ヶ丘浄水場の増設、市内主要送・配水幹線の新設工事に着手しました。昭和50年代に入っても人口増加は衰えず、昭和61年には給水人口35万人になると予想され、かつ下水道の普及など生活様式の向上により、現有水源及び施設能力を大幅に上回ることが見込まれたため、水資源開発公団(現 独立行政法人 水資源機構)により建設される布目ダムに水源を求め、緑ヶ丘浄水場浄水施設の拡張や配水池などを増強しました。平成4年4月布目ダムの完成により日量76,000m3を増量利水し、合計1日最大150,000m3が取水できることになりました。
 しかし本市の東部地域等には18か所の簡易水道事業と、水道が布設されていない未普及地域が残されていました。これらの東部地域等で、上水道での給水を要望する声が起こり、また同地域での下水道整備事業に対応するため、上水道未普及地域の解消が急務となりました。平成3年10月に上水道給水区域を奈良市全域に拡張した第6期拡張事業の認可を得て、事業を開始しました。その主要事業である東部地域等水道整備事業は、平成9年には精華地区、平成14年1月に須川、狭川、北村、東鳴川、平清水の各地区、同年4月に田原中央、東部、沓掛、中之庄、阪原、大柳生に給水を開始し、平成15年3月にはすべて事業が竣工し、本市の長年の念願であった「市民皆水道」が達成されました。
 また水源の確保も、本市の長年の懸案であったが、平成10年10月に比奈知ダムが完成し平成11年度から供用開始されたことに伴い、同ダムから51,840m3/日の水利権を得たことによって水源の安定化がようやく達成できました。

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